大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和28年(う)985号 判決

控訴人 被告人 浦田由四郎

弁護人 清家栄

検察官 大北正顕

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人清家栄の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点について。

論旨は原審検察官が審理終結後予備的訴因並に罰条の追加請求書を提出したのに対し原審が弁論を再開して右予備的訴因の追加を許容した上右訴因につき有罪の判決をしたのは違法の措置であると謂うのである。仍て本件記録に徴するに、本件は昭和二十七年二月二十二日詐欺罪として起訴せられ昭和二十八年五月二十一日一旦結審したものであるところ、結審後である同年六月十九日検察官より弁論再開請求書と予備的訴因並に罰条の追加請求書が提出されたため、原審裁判所は同月二十二日弁論再開の決定をなし同年八月十八日の第十六回公判において右予備的訴因(常習賭博)の追加を許可し、結局単純賭博の事実を認定して有罪判決をしたこと所論の通りである。しかし訴因の追加又は変更等については刑事訴訟法上別段の時期的制約は存しないから、右の如く結審後に検察官より予備的訴因追加請求がなされ裁判所が弁論を再開の上予備的訴因の追加を許容したことを以て違法の措置であるとはいえず、また本件の場合起訴より最初の結審迄相当の期間(一年三ケ月)が経過して居りその間検察官は審理の経過に鑑み十分訴因の追加又は変更をなし得る機会があつたとしても、結審後に予備的訴因の追加を請求した検察官の措置が所論の如く訴訟法上の権利の濫用であるとはいえない。原審の訴訟手続に違法の点はなく論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は本件賭博の相手方が訴追せられていない点を非難した上結局原判決の罰金は重きに過ぎると謂うのである。しかし本件記録を精査し本件の犯情、被告人の前科(是迄賭博罪により数回罰金に処せられている)その他諸般の情状を考慮すれば、原審の量刑(罰金五万円)は相当であつて、論旨主張の諸点殊に本件の共犯者等が起訴せられた形迹のない点を十分考慮に容れても、原判決の罰金刑が必ずしも酷に失するとはいえない。従て論旨は採用できない。

同第三点について。

論旨は原判決は予備的訴因につき有罪の判決をしているところ予備的訴因の追加前に生じた訴訟費用を全部被告人に負担せしめているのは違法であると謂うのである。仍て本件記録に徴するに原審においては前記の如く弁論再開後第十六回公判において予備的訴因の追加が許容され原審裁判所は予備的訴因につき刑の言渡(但し単純賭博と認定)をなし訴訟費用を全部被告人に負担せしめていること並に原審における訴訟費用はいずれも右予備的訴因が追加される前の証拠調に関し生じたもの(証人に対する日当旅費等)であることは所論の通りである。しかし裁判所が当初の訴因を認定しないで後に予備的に追加された訴因につき有罪の認定をなす場合であつても、当該被告事件につき結局刑の言渡をなす以上予備的訴因追加の前後を問わず当該被告事件の審理上必要であつた訴訟費用(もつとも判決の認定事実又は情状に全然関係のなかつた証人等に関する費用は除外すべきであろう)はこれを被告人に負担させて差支ないものと解するところ、原審における訴訟費用は本被告事件の審理上必要であつた証人六名(永楽彦一、徳野剛、岡崎庄一郎、青井喜六、田中初太郎、高田秋一)に支給した費用であり、而も右各証人は原判決が認定した四個の犯罪事実のいずれかに関係を有する者であるから、右各証人が取調べられたのは予備的訴因が追加される以前であつたとはいえ、原判決が右各証人に関し生じた訴訟費用を全部被告人に負担させたのは適法であると謂わなければならない(論旨は当初の訴因と予備的に追加せられた訴因とは全然別個の事実であるかの如く論じているけれども、右両者は基本的事実関係において同一のものである)。原審の訴訟費用負担の裁判に違法の点はなく、論旨は首肯できない。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人清家栄の控訴趣意

第一点本件は昭和二十七年二月二十二日詐欺罪として起訴せられ昭和二十八年五月二十一日審理を終結し判決言渡期日を同年六月十八日と定められたるところ弁護人に於て差支の為め右期日の変更を申請したるにより之を許容せられ更に同年六月二十九日に変更せられたものであるが原審検察官は右の如く審理終結後判決言渡期日の変更せられたる後即ち昭和二十八年六月十九日予備的訴因並に罰条の追加請求書を提出し弁論の再開を求められ原裁判所は之を容れて弁論を再開したる上昭和二十八年十一月二十日被告人に対し右予備的訴因の追加並に罰条の変更請求に基き賭博罪の成立を認め被告人を罰金五万円に処する旨判決を言渡したものである。然れども予備的訴因は起訴のはじめに於て之を為すか又は審理中適当なる時期に之を為すべきもので殊更に審理終結後之を為し之がため弁論の再開を為すが如きは刑事訴訟法の律意に添わざる事甚だしいものであると信ずる。即ち刑事訴訟規則第一条に-この規則は憲法の所期する裁判の迅速と公正とを図るようにこれを解釈し、運用しなければならない。訴訟上の権利は誠実にこれを行使し濫用してはならないと規定しあるによつて明らかである。本件に於ては前記の如く当初詐欺罪として起訴せられ爾来一年有半の長き月日を閲し其間何時にても訴因の追加変更を為し得べきに拘らず之をなさずして審理を終結し然る後に弁論を再開し訴因の追加変更を求めたものであるから検察官の態度は著しき怠慢であるか又は起訴権の濫用といわざるを得ない。原審がかかる訴因の追加請求を容れ之により被告人に対し有罪の判決をなした事は全く違法の措置で原判決は訴訟手続に違背したものであるから破棄せらるべきであると信ずる。

第二点賭博罪は所謂必要的共犯の一種であるから特段の理由がない限りその処遇も又等しくせらるべき事が考えられる。本件に於ては当初被告人を詐欺の事実ありとして起訴し後に至り常習賭博罪として予備的訴因の追加があり判決に於ては単純賭博としての事実を認定せられ被告人を罰金五万円に処したものであるが果して賭博罪として予備的訴因の追加が許さるるものとすれば同時に他の共犯者即ち記録上明白なる市村和佐雄、徳野剛、松浦英雄、田中初太郎、岡崎庄一郎等をも起訴すべきは当然である。然るに被告人のみ起訴せられ処罰せらるるは単に検察官の手続上の関係以外にその理由を発見する事を得ないのである。然らば右のように他の共犯者は同一の賭博を犯しながら之を不問に附され被告人のみ処罰を受けた結果となるので著しく刑罰の均衡を失する次第である。而して起訴権の行使は検事の専権に属するものとして之を論外に措くも被告人に対し単純賭博罪の成立ありとして原審に於て罰金五万円の言渡を為した事は頗る重きに失するものと考えられる。刑の軽重は之を測定する事は艱難ではあるが共犯者の処遇其他諸般の事情を綜合して之を論定すべきであると思う。

原審検察官が被告人に詐欺の行為ありとして起訴するに当りその共犯者と認めた者に対し一応の取調もなさず又賭博罪として予備的起訴を為すに当つてもその対行行為者を起訴する事なく原裁判所もかかる事実を明らかにしながら前述の様に被告人のみを罰金五万円に処した事は刑の量定に当り充分なる考慮が払われなかつた憾みがある。従つて原判決の刑は重きに失するから原判決を破棄し原判決よりも軽い罰金刑の言渡を求むるものである。

第三点原判決は被告人に対し訴訟費用の全部を負担せしめたが原判決に於て有罪の認定を受けた事実は昭和二十八年六月十九日付予備的訴因並に罰条の追加請求書記載の事実であつてその審理は昭和二十八年七月二十一日弁論再開後に属する。而して証人の旅費日当等訴訟費用を要したるは当初の起訴の事実の審理に関するものであるから該起訴事実が有罪として認定を受けない限りこの部分に関する訴訟費用を被告人に負担さすべきではない。刑事訴訟法第百八十一条に所謂刑の言渡しをした時とはその刑の言渡をした事実の審理に要した費用をいうのであつて之と別個の事実の審理に関し要したる費用をも指すものではない。本件に於ては前記の様に訴訟費用を要したるは昭和二十八年七月二十一日の弁論再開前の審理であつて再開後に於ては何等訴訟費用を生ずる余地はない。従つて予備的訴因の事実を有罪と認定した以上その訴因の追加前要したる訴訟費用は刑の言渡を為す基本たる事実ではないのである事は言う迄もない。さすれば原判決は訴訟費用負担の法則の適用を誤つた違法がある。此点に於ても破棄せらるべきであると信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例